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ビジョン、ミッション、バリューの意味と現代の理想的なビジョン経営とは

ビジョン経営やミッション経営は、うさん臭い代物になってきたが、一応、整理しておきたい。

 

 

ビジョンとは

ミッション(目的)の先にある将来像

つまり、『What』の事だ。

 

 

ミッションとは

ビジョンを達成する目的

つまり、『WHY』の事だ。

 

 

バリューとは

ミッションを遂行する際の行動基準。

つまり、『How』が近い。

 

従うべき価値観と呼んでよい。

 

 

「何があなたにとって重要なのか」の価値観に従った行動軸だ。

 

 

 

ビジョンはあるが、ミッションが欠けている場合

将来の理想像が明確にあっても、目的が欠けていれば、存在意義がない。

 

「何のために」が欠けていると、ビジョンが完成しても、心が満たされないだろう。

 

 

 

ビジョンはあるが、バリューが欠けている場合

将来の理想像が明確にあっても、大事な価値観がなければ、 魂の入っていない仏像を作るようなものだ。しっくりこない。

 

自分の価値観から反れた行動は、自分を偽り、良心を苛む(さいなむ)。

 

ウソの行動で完成した理想像は、なんだかうさん臭い。

 

 

 

ミッションはあるが、ビジョンが欠けている場合

目的があっても、将来の理想像が欠けている場合は、あてのない旅をするようなものだ。

 

それが悪いとは言わない。それでも十分良い。

 

ただし、ビジョンがあれば、みんなの力が集結しやすい。

 

大きなプロジェクトで周りの力が必須な時は、伝わりやすいビジョンを明確に持っていたほうがよい。

 

 

 

ミッションはあるが、バリューが欠けている場合

目的があっても、大事な価値観が欠けている場合は、良心の呵責にさいなまれる。

 

要は、目的が達成されればなんでも良いという生き方は『粋』ではない。

 

生き方が美しくない。

 

時には、目的が達成できなくても、価値観に従って生きることにかっこよさがある。

 

 

 

 

バリューはあるが、ミッションが欠けている場合

大事な価値観はあるが、目的が欠けている場合は、宝の持ち腐れとなる。

 

せっかく良い価値観を持っているならば、世のために人のために使いたいものだ。

 

我々は命を与えられた。

 

この命は、食物連鎖の頂点で、他の生命の犠牲の元、生かされている。

 

それを世のため人のために還元することは責務であり、自然の摂理でもある。

 

 

 

バリューはあるが、ビジョンが欠けている場合

大事な価値観はあるが、将来の理想像が欠けている場合は、役割分担を果たせない

 

この世は役割分担の果し合い。

 

自分のもっとも得意とするところを誰よりも磨き、お役立ちすると良い。

 

明確な価値観があるならば、それをもって実現すべき理想像を思い描いてほしい。

 

この時も、世のため人のために沿った理想像を描くと良い。

 

価値観が生かされ、強く必要とされる人間になるだろう。

 

 

 

実質的ビジョン経営

ビジョン、ミッション、バリューは、わかりにくい言葉だ。

 

 

要は、「自分軸」を持って、「世のため人のために」、「何をするのか」を決めることである。

 

 

今後もこれらのキーワードが大切であることに変わりはない。

 

しかし、今まではそれらが「形式的」に使用されたことが問題だ。

 

それらの尊い言葉を乱用した会社が、いわゆるブラックと呼ばれている。

 

これからは、「実質的」なビジョン経営が要望される。

 

そこでは、世のため人のために尽くしながら、競業他社よりも商品サービスを磨き、かつ長時間労働を無くしていくという相当ハードルの高い取り組みが必要となる。

 

より一層の「工夫」と「人間味あふれる対話」が求められるだろう。

 

  


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