ミルキヅクのブログ

あなたの中の、何のためにを、スッキリさせる、お手伝い

気づき集

あなたの人生を台無しにしない3つの質問

ある学校の講師が、いつも彼自身の人生を「fucked up」と言っていた。自分のキャリアに後悔しているようだった。そこでこんな質問を考えてみよう。1.過去にやろうと判断して現在身につけた能力で、やらなくてもよかったことは? 2.当時は、どんな判断でそれをしたか? 3.今だったら、当時、何をやるか?

 

 

実は、それを言ったあなたが張本人

本人が何とも思っていないことを指摘するのは、ある意味、罪。今まで、悩まずにいたことをいちいち気にするようになる。すべて、指摘する本人の「期待の高さ」や「コンプレックス」の話。あなたに向けて言われた言葉に聞こえるから太刀が悪い。 

 

 

仏陀もイエス様もマホメットも外来語は勉強したの?

社内公用語として英語が必須になっている会社がある。多くの人が英語アレルギーになっている。英語を含め、外来語は、すべてコンピューターが解決する。英語より大切なモノに時間を注いだ方がよい。そもそも英語が先進国の中で苦手な日本が世界2位のGDPを実現した。英語が勝負の決め手ではない。

 

 

起業ブームだが……

起業がブームだ。閉塞感の打破が一つ。若者の将来の失望への反動が2つ目。行き場を無くした会社の留保金の副作用が3つ目。

起業は、コンプレックスの現れでもある。起業は、しても、しなくても、たいして変わらない。社長も、部長も、課長も、係長も、「長」であることに変わりはない。肩書きがなくても、あまり関係ない。自ら動く人が、「長」だ。

 

  

結局、みんな雇われ人

人に雇われたくないと言う人がいる。そして、起業する。しかし、社長になっても、日本に雇われている。それが嫌だと、日本を離れて独立する。同じ事。その国に雇われている。極論をすれば、たとえ火星に逃げられたとしても、宇宙に雇われている。自由はあるようでないし、ないようである。捉え方一つだ。

 

 

焦るな、時間は十分ある

時代はスピードを求め、せっかちになっている。ランチ時間を削り、寝る時間も惜しんで働いている。一方で悠々自適な人もいる。彼ら彼女らは、考え方の次元を上げて同じ土俵で戦わない。だから、急ぐ必要がない。思考のステージを上げよう。そのために、人とは逆の道を見てみよう。もう一つ、芸人のフレーズをそのまま使われてもらえば、「もしかしてだけど、XXのほうが、XXじゃないの」と常に自答してみよう。

 

 

運命は必然

運命は変えられない。努力するのも、しないのも、運命。逆に、運命が決まっているのにもかかわらず粛々と努力するからかっこいい。そして、あらゆる進化に貢献していく。腰を据えてドンと構えよう。

 

 

前に出ないというリスクをご存知で?

物事を変えることや、何か新しい事に挑戦せず、今がいいと安住する人がいる。「あーだ、こうだ」と、言い訳をいい、やらない。死神が背後からゆっくりと忍びかかっていることも知らないで。その死神の正体は、前に進もうと必死で努力する人類の怨念だ。今、あなたの目の前にある快適や安心や安全は、過去から繋がる人類の必死の努力で成り立っている。

 

 

日本があえて残しているものを伸ばす

我々は日本で生活している。日本は世界の中でも特殊で稀有だ。今後、①グローバル社会で強制的に変化させられること、②自ら進んで変化すべきこと、そして、③あえて変化をさせずに残してきたこと、残すべきことを意識する。特に、③に機会がたくさんありそうだ。

 

 

どんなビジネスアイデアでも成功させる請負人

あれはダメ、これはイイ、ではなく、どんなアイデアも全部成功させてやる。その意気込みでやっている人は圧倒的にかっこいい。

 

 

0.5%の法則

2:8のパレート法則がよく引用されるが、私が気になる数値がある。一つ目が0.5%だ。1000人中5人といえば、地域にもよるが、学年で1人ぐらいのイメージ。学年で1番の人が全国に50万人程度いる。その人たちの影響力は大きい。少なくとも、200人程度の小集団をまとめる力は持っている。または、従業員200人の会社の社長のイメージだ。0.5%という数字は影響力を持っている。

 

 

0.01%の法則 

日本の人口でいえば1万人程度。業種は1万程度あるので、それぞれの業種でトップの人だ。何か天災や疫病で人類が絶滅に瀕しても、0.01%ぐらいは生存しそうだ。0.01%という数字は、特殊な力を持っている。

 

 

まずは、具体的な一人を思い描く

ターゲットの選定はシンプルに考える。商品サービスをもっとも提供したい1人を具体的に描く。親、親友、恋人、恩人など。その一人をよく観察をして、喜ぶであろうモノを考える。そして、試作品を作り、使ってもらいながら改良していく。もちろん無料で提供する。完成品ができた後、その人と同じような人はどこにいるか考えて商材の販売計画や生産計画を立ててほしい。

そもそも、本当に1人だけの特注品はあまりない。むしろ同じようなニーズは世界中にある。仮に0.01%の法則を使うならば、70万人の需要は世界中にある。

ちなみに、その一番初めのお客様が熱意を持って3人に口コミをし、その3人も同じように別の3人に口コミを毎日続けると、17日目には1億3千万人に到達し、21日目には、世界中に伝わる。

 

 

寺小屋形式

時価総額世界1位がすごいのではない。業種と世界需要で金額は変わる。また、1000年以上、№1を維持している会社はない。諸行無常だ。かといって、1度の人生だからと、無責任に完全燃焼されては世に害を与えることが多い。したがって、100年、1000年を見据えつつ、バランス良く今を生きることだ。1000年以上伝承されるモノは、人の生き方であり、理念である。寺小屋で学んだ理念で立ち上げた会社が結果として世界一になることは多々ある。理念の中で生きていることが尊い。

 

 

変人から変態へ

変人は世の中に少なからずいる。常識から判断すると頭をかしげる人たちだ。しかし、その変人から大いに学ぶことがある。変人を突き抜けると、変態になる。そして、変態は世界を変える。

 

 

レオナルド型マルチ能力の誤解

レオナルド・ダビンチ的な多種多様な能力は魅力的に見える。しかし、多能であること自体に価値はない。むしろ、様々な能力を統合して一つを作り上げることに価値がある。

 

 

歴史は繰り返す

個は集団を形成し、集団は分裂して、個が乱立する。現在の企業ブームは、個の乱立。個は買収を繰り返し、一つになっていく。そして、機動力を求めまた個が分立する。歴史は繰り返す。個も、集団も、一つの時代における現象にすぎない。

 

 

上品な椅子取りゲーム

自らの理念を決め強く必要とされるには、椅子取りゲームのようなポジショニングが大事だ。他人を蹴落とすようなポジショニングはダメだ。あくまで、上品な椅子取りゲームをしてほしい。人類は共存共栄。かならず一人一人が独自の花を咲かせることができる。ポジショニングの達人をめざしてほしい。「XXといえば、○○。」これがポジショニングの真髄。

 

 

複雑なモノは独自に分類する

何か難しい概念に出会ったら、自分なりに解釈してカテゴライズするとよい。そのために、独自のわかりやすい引き出しを準備すること。

 

 

家族総出でワイワイガヤガヤ

欧米化は今後も進む。だから家族単位がいまより大切になる。世界中の人が反対しても、唯一家族だけは自分を無条件に最後まで信じて励ましてくれる関係性を築いていくことだ。そのために、家族総出のワイワイガヤガヤ会議をしてほしいと思う。家族がいなければ、せめて腹を割って話せる人が最低3人集まってくるような人になってほしい。

 

 

批判フィルター

世の中は批判が汚水のように溢れている。批判を素直に聞いて平然とできる人はごくまれだ。ほとんどは感情的になり精神的に病む。ただ、批判の中にも価値ある情報が多い。批判は一度フィルターで建設的な意見に変換して本人に提供するとセンスがいい。そもそも批判をしないのが一番である。

 

 

実況中継法

批判を受けたと感じた時、すべてを真に受ける必要はない。真に受けない方法はアナウンサーになって、自分の内面の気持ち客観的に実況中継する。耳に入る批判やネガティブな言葉で自分の心の中まで浸透させない小技だ。

 

 

活発な議論というけれど

日本はアメリカと違い、年上を立てるという文化が昔からある以上、謙遜するので活発な議論はそもそも文化的に期待できない。むしろ、上司の意見が明らかに時代遅れだった場合、それを暗に諭す能力は欧米人よりある。

 

 

本当にバーチャルの世界?

最近の子は、実体験が少なく、物事をバーチャルの世界で考えて生きていると言われている。しかし、実際はバーチャル上でリアルに頭を使っている。彼らにとっては、それが現実なのだ。身体を使ってというならば、頭だって、身体だ。しかも、脳というもっとも重要な部分を動かしている。昔の空想家と同じく、今の子も十分頭に汗をかいている。

 

 

壮大なものに臆するなかれ

何か壮大なモノを見ると圧倒される。そういう時は、細部を見てみよう。壮大は、細部の積み重ねでできているにすぎない。だから、一つ一つできることを増やしていく。一つだけでも、わかろうとする。そんな姿勢の継続が壮大なものを生みだす。

 

 

カネ持ちは世界を支配していない

カネ持ちも、専門家の意見を聞いて投資を考えている。金持ちは、決して世界を支配していない。本当の意味で世界を支配するのは、そのお金が集まる原動力となる、一人の壮大なロマンだ。壮大なロマンを持つ機会は平等に与えられている。

 

 

知識は善?

知識は多いほうがいい。しかし、中途半端な知識は行動を躊躇させる。また、多くの場合、推論で早合点し、重大な発見を見逃す。一方100%理解された知識はパワフルだ。それは判断や行動をより効果的にする。

 

 

みんなそうやって言った

「みんなそうやって言っている」とよく会話の中で聞く。そのセリフは、確信や根拠の弱い自分の意見を保護する時に使われる。「みんながそうやって言っている」とごまかすのではなく、自分の頭で考え、行動して、感じて、周りを観察して、データを分析して、確認すべし。

 

 

経営の前に

まず社長の汚い心を洗わないといけない。会社はどんな規模でも、90%以上は社長の生き方、哲学が反映される。

 

 

勝ち負け理論

「勝つ」を追求すると、その裏で、負ける人が必ずいる。勝つことがかっこ悪い時代になっていくだろう。競争社会などそもそも存在しない。強いて言えば、己の怠惰との競争があるだけ。みんなよりよい社会にしたいと頑張っている。

 

 

GDPがなんのその

GDPが何ケタだろうが、人の動きそのものに大きな変化はない。仕事して、食べて、遊んで、寝る。ただ、それだけ。

 

 

批判の先にあるもの

ブログが「炎上」したり、「叩かれる」ことが頻繁している。それにともない「批判」に新しい機能がでてきたと感じた。それは、批判を通して、相手の善意や真意をあぶり出すことだ。現代の新しいコミュニケーション方法とも言える。

 

 

何のために働いているか?という愚問

何のために働いているか?と問われることがある。人間生活の原点は、衣食住。食べるモノがなければ死ぬ。部族でいれば、働くとは獲物を取ることだ。したがって、答えは、死なないためだ。

しかし、今の人は、食べ物が当たり前にあるように錯覚している。そしてたいして空腹でもないのに優雅に働く意義という戯言を考えている。笑止千万だ。綺麗な空気、水、食事が今この瞬間から無くなればどうするかリアルに考えてよう。それが働くということだ。基本的に衣食住以外の仕事はそれらから派生する役割分担にすぎない。仕事の意義を問う前に、一つでも技術を多く磨いてどんな環境の変化にも対応できる力を身につけていくべき。

 

 

『県名』が書いていないハガキ

手書きハガキは心がこもっている。時間も使っている。でも、残念なハガキがある。県名が入っていないハガキだ。それを見ると、いかにも人間関係づくりに忙しそうで、営業ハガキに見えてしまう。

 

 

やはり、餅屋は餅屋へ

なんでも自分でやろうとする人がいる。自分でやるべきは、自分しかできないことで人に役立つ事だ。その事に集中する。昔から交易がおこなわれてきた。お茶、銀、塩、絨毯、石油。やはり、他よりも優位なモノ、得意な事、強いモノを磨いていくべきだ。

 

 

売上で考えてはいけない時

アメリカでシェールガスが出た時に加速的に普及しなかった。理由は、たくさん取れすぎて売値が安くて儲からないからだそうだ。しかし、粗利益を基準にすれば、企業は石油より利益が取れ、しかもエンドユーザーも安く購入できるメリットがある。売上視点だと良いモノが普及していかない。

 

 

1つのことだけが正しいと主張する人

主義主張を強く持ちすぎると一つの特殊事例を、さも全部であるかのように話してしまうことがある。それは承認欲求の裏返しでもある。主義主張に固執しすぎないためにも、その主義主張と反対のことが行われて成功しているケースを調べることだ。富士山への上り方はいろいろある。

 

 

次元を上げれば「生=死」

モノゴトには、始まりと終わりがある。人も、生まれ、死んで行く。星も同じだ。宇宙も同じだ。人間目線で考えるから死の恐怖がある。しかし、次元を上げれば死は恐怖ではなく生への始まりである。次元を上げて考えるほど、世の中のすべてのモノはたいした問題でなくなる。生も、死も、あらゆるエネルギー活動の一現象にすぎない。

 

 

次元を下げれば「生=死」が無くなる

人から、動物、植物、細胞、アメーバ、原子、クォーク、ダークマター。立体、平面、線、点。物事を細分化し、次元を下げるほど、人間の悩みなど、そもそも感知できない。思いもつかない。もともと、人も、細分化された物質が集まって動いている生命体。その一つ一つから見たら生や死という概念すらない。悩んでも仕方がない。くよくよしても意味がない。

 

 

ゴルフ恐怖症の皆さまへ

ビジネスにゴルフが付き物と考えている人はまだまだ多い。そして、やりたくもないゴルフの練習を義務的にしている人も多い。そもそも接待ゴルフなら、美男美女のプロゴルファーを付けてあげることだ。気を遣って得意先に意図的に負けるくらいならやらないほうがいい。また、ゴルフ場特有の秘密会議はどこでもできる。

これからの接待はお客様が、「あ、いい!」と感動してもらえる独創的なモノを作ろう。その企画力と感性にお客様の信頼と期待が増す。なにもゴルフ後の風呂場での裸の付き合いをしなくても信頼は深まる。

 

 

プライバシーパラドックス

世間はプライバシーや個人情報に過剰に敏感になっている。しかし、検索履歴、位置情報、移動情報、携帯履歴、ショッピング情報、カード情報で、データはすべて残っている。隠せない。スマート家電の普及で生活も丸見え。世に溢れるセキュリティーカメラ。ウェアラブルグラスで見ているものが記憶される時代。それはもう世界総監視カメラ。プライバシーが死語になる日はもうそこに来ている。

 

 

週休3日のその先をめざす

オランダでは週休3日が主流となっているそうだ。そんなちまちましないで、週休7日をめざしたい。もちろん休むのではない。命をかけて究めて、修めるモノに没頭する7日間。修究7日。簡単に言えば、仕事が遊びになればいい。遊びとは要するに没頭できること。プライベートとビジネスを分けているようではまだ甘い。

 

 

パンが先か、生き方が先か

衣食足りて礼節を知る派。人はパンのみにて生くるにあらず派。どちらも正しいように思える。地球上では多くの人が未だに餓死している。アメーバから人への進化の過程の中で口という機能ができた。そして、いつからか、口から哲学が吐き出されるようになった。哲学を考えるにはエネルギーが必要。エネルギーは他の生命体から得られる。

 

 

食べ物が必要無くなる日

果物、野菜、肉、穀物。すべて太陽エネルギーが必要。人間が完全にコンピューター化したら食べ物は必要ない。太陽を神と崇めた昔の人は本質を理解していたんだとつくづく思う。

 

 

「強み」の道

シルクロードでは大昔から交易が行われてきた。商人たちは、こぞって売れる商材を売買した。シルクロードはただの交易道路ではなく、各地域の「強み」を売買する道の象徴だ。

 

 

「1会社」も「1部署」も同じこと

多角化で企業を安定させるという考え方がある。人は細胞分裂を繰り返して生きている。人類は、誕生と死を繰り返し生きている。一つの細胞が死んでも、「人」は死なない。つまり、個は死なない。一人が死んでも人類は死なない。つまり、集団は死なない。個が大事と考える人は、会社1つで多角化する。集団が大事と考える人は、部署を独立させ完全分社化するとよい。

 

 

お金という幻想

お金の基本は価値交換。昔はぶつぶつ交換。ところで、人の役に立つことを無償でする聖人ばかりが集まる天国ではお金は要らない。必死で作物を育て全人類のために配る人。同様に、服を作る人、家を作る人。いったい、どれだけの人がお金という幻想に惑わされているのだろう。

 

 

税金の本質

売買があってこそ税金が発生する。売買は人の動き。国は、税金がたくさん集まるように、人の動きやお金の動きを多くする施策を打ち出す。お金は人が生み出す付加価値の見える化ツール。税金ありきで考える国は栄えない。いかに付加価値を生み出しやすい社会にするか。そこがポイントだ。

 

 

会議って本当に必要?

会議のやり方に関していろいろな本がでている。そもそも、幹部が叱られ発破をかけられる会議は好きではない。また、意見がまったく出ない会議も意味がない。会議をやらなくても、経営の進捗状況は誰もが一瞬で把握できる見える化ツールで、アイデア抽出は雑談の中で生まれやすい。そもそも会議をやらなくてもよい仕組みで経営することが大事だ。

 

 

人の目を気にしない心構え

まず、自分が信じているモノを作ること。そして確信を持ってその信念と共に生き抜く。気づかいする心配りや目配りは必要だが、人からどう見られているかは気にする必要がないし、気にしているほど人生の時間は長くはない。これしていいのかな。ああしていいのかな。人の目を伺うたびに神経質になっていく。赤ちゃんのようにどっしりと構えていればいい。

 

 

受注事業と見込事業の決定的な違い

お客様が価格と数量を支配する受注事業では、QCDを徹底的に磨く。外へのベクトル。まじめでコツコツ型 

事業主が価格と数量を支配する見込事業では、口があいて、呆然としてしまうくらい、すごいものを作る。内へのベクトル。見込事業に某会社のようなカイゼン活動はいらない。1歩1円、1秒1円の考え方が、イマジネーションを劣化させる。

 

 

夜の商売で売上を伸ばす方法

女性がお酒を注いでくれる飲み屋では、一時間のセット料金を安くして、ホステスが飲んだ分で儲けようとする。しかし、お客の本心は、ホステスに軽々しく飲んでほしくはない。むしろ、ホステスが、自腹でお客にお酒をおごる方が人気店になる確率は高い。

  

 

一点を競い合うゲーム

受験戦争では、1点が勝敗を分けてしまう。しかし、人生に、1点差の勝負はほぼない。むしろ、1点を大切にしすぎるあまり、本来の目的を見失っている。1点を争う戦い自体がおかしいぞと感じた人が世の中を変えていく。点数競争の呪いから子供は解放して欲しい。無限の可能性を閉じてしまわないために。

 

 

賞賛された人が忘れてはいけないこと

  • 影でずっとその賞賛を支えた人がいること
  • その賞賛を横取りされてくやしい思いをしている人がいること
  • その怨念がずっと残っていること

勝つことが正しいことじゃない。負けて勝こともある。軽はずみに自慢はしない方が身のためだ。特に人の上に立つ者は。

 

  

行動に移す秘策

PDCA、PDCAと耳うるさい。あえて何も決めず、ワイワイ議論すること自体が実行を促すことも多々ある。

 

 

バタバタを生じさせている張本人

大変だ、大変だとバタバタしている人が今日も世界中で多くいる。そのバタバタを生じさせた根本的な理由が、一人の怠惰な行動から発生していることは多々ある。そういう怨念はいずれ降りかかってくると思う。だから、常に、相手を気遣い仕事をする。

 

 

口を酸っぱく言う必要はない

何度も、何度も言って、ようやくできるようになった。という経営者の話は多い。

時には「あいさつ」を徹底させるために何十年もかかったという場合もある。そもそも、何十年も挨拶が徹底されなかったにもかかわらず、会社が存続した理由に力を注ぐべきだ。1回言ってもやらないもの、できないものは、やめたほうがいい。そもそも、方法が悪いのだ。 1回聞いた瞬間に、「それ、いい」と思うと、人は、即動く。

 

  

当たり前のことを当たり前にするだけで十分

当たり前のことを、当たり前にするだけで、けっこう生き残れる。

99%の会社でそれができていないと思う。では、どうやって当たり前のことを当たり前にする人を増やすか? ミルキヅクの理念実現書を実行してもらいたい。

 

  

ゲームの意味合いは変わった

スマホの普及で、何百時間もゲームをする。結局面白いものには勝てない。テレビの視聴率も、新聞も、雑誌も、結局、人の「見る」という時間を奪い合う戦い。そこから広告収入を得る。ゲームは、完全に、広告ツールになっている。パズドラの色ボールに、企業名が入ってもいいのではと思う。

 

  

「先生!」は禁止

デンマークでは、先生と呼ぶことは禁止らしい。インターネットの普及により、先生の特権と価値が低下した。いつまでも「知識があること」を「先生」だと思っていたら、「そんなことも知らないの、バカじゃないの」と子供から言われるのがオチだ。

これからの先生は、むしろコーチングスキルを徹底的に磨いていくべきだと思う。

 

 

まったく反対が真実の時もある

植物は、酸素を排出する。錆は酸素が原因で発生する。酸素はよくないものではないか。実は、植物は、酸素という毒を排出しているのでは。まったく反対に考えた時に、それが真実の時がある。

 

  

褒める技術、叱る技術もいらない

人の心のすべてを理解して、褒めることや、叱ることはできない。褒められて、腹が立つことはないだろうか?何をわかって褒めてるの?叱られて、腹が立つことはないだろうか?何をわかってるの?目に見えるものを基準にしてはいけない。褒めも、叱りもしない。ただ、自分の意図を明確に共有することだ。

  

 

原子の絶対数と人間数 

「人間」は無限には生まれない。宇宙に存在する、体を構成する化学物質の絶対量までだ。現在70億人であるが、それが何人まで増やせるかは、頭のいい人が計算できる。そう考えると、魂の数も決まっているのだろうか。

 

 

人脈づくりに焦る必要はない

必要な人は、ベストなタイミングでしか現われない。意図的に人脈を作る必要はまったくない。そんなことより、自らの能力を高め、giveできるものを深めるべきだ。

 

  

宗教がなかったら 

キリスト教も、イスラム教も、仏教も、ヒンズー教も、存在していなかった、どんな世の中になっていたのだろう。もっと平和であったに違いない。

 

  

ヘルメットのいらない工場  

工場へ入ったらヘルメットが常識。しかし、本当の安全を考えると、ヘルメットのいらない工場をめざすことが大切。危ない設備、危ない作業をすべて見直す。お客様もヘルメットをつける必要がなく、安心快適に工場見学をしていただける。暑い夏に、作業員もつける必要がない。この実現の為には、相当知恵を出し合う必要がある。チームワームも生まれる。

 

 

中途半端が一番いけない

物事をやり始めたら、徹底して突き進むべき。中途半端なスピードでやるから、競争相手が現れる。だれが見ても、「これは、あの人に任せておいた方がよい」と思わせるほど、1つに熱中すべきだ。

 

 

心の器が小さくたって構わない

心がコップぐらいの器しかなくても、升を敷けば、もっとお酒を注ぐことができる。自分のキャパを越えても、受け止められる、軸や、仕組みを作ればよいだけ。

 

 

綺麗な野菜を選ぶ不可思議

日本では綺麗で形のよい野菜が店頭に並ぶ。欧米の野菜市場には形の不揃いなものが一般的だ。むしろ、そちらの方がおいしそうに見える。なぜ、日本にいると、キュウリはまっすぐでないといけないのか。多くの規格外の野菜が廃棄されるが、これは、高い品質を求める証拠ではなく、いびつな価値観を認めなくなった現代を表しているのかもしれない。

 

 

挨拶のできる人とは

「おはようございます!」と元気よく発すると気持ちよい。一方で、大きな声で、笑顔なのに、気持ち悪い挨拶もある。むしろ冷たさを感じる時もある。挨拶とは、愛察。愛情を持って、相手の状況を察すること。声が小さくても構わない。「おはようございます」でなくても、相手の目を見て心を察して、やさしいトーンで、「調子、どう?」。これができる人は、挨拶の達人だと思う。

 

 

仏の手の形

ブッダも人間だったなら、本当は、もっと俗物的だったのではないか。仏の手の形は、実は、手相を良くするためにそうしたのではないかと感じる。

 

 

寝るのも仕事、寝るのも勉強

根性論の武勇伝が世に蔓延し、その暗示かかっている人が多い。そして、それに触発されて徹夜をする人もいる。自然の摂理からすれば、寝ないと眠い。だから、まず寝る長さを決めてから、仕事や受験勉強に取り組んでほしい。身体がスッキリする平均睡眠時間は人によって変わる。毎日の活動内容によっても変わる。十代だから、徹夜なんて平気という言葉を信じてはいけない。眠たい時は寝る。

  

 

柔軟発想など、本当は無い 

柔軟発想など、本当は無いのではと思い始めている。ただ、考え方の型をどれだけ知っているか。そして、それに職人のように当てはめていけるか。だから、柔軟発想がないと悩む前に、考え方の型をたくさん学んで使いこなしてほしい。

 

  

切っても痛みを感じないモノは、役割が終わったもの

目を引っこ抜くと痛い。耳を引っこ抜いても痛い。伸びきった爪は切っても痛くない。髪の毛も、切っても痛くない。毛根から抜き取ると痛い。

「痛み」は「必要性」。人も、同じ。会社から去られると痛いと思われる人になってほしいと思う。

 

 

勘違いしない見方 

プレゼンテーションが大切だと言われる。そのために、しゃべり方や伝え方、見せ方を研究している人が多い。しかし、プレゼンのような動きのない壮大な建築物や、迫力ある企画書や、引き込まれる絵画を見てもわかるが、感情の伝え方は千差万別。自然と涙が流れ落ちるメッセージの伝え方はたくさんある。プレゼンテーションだけがすべてではない。

 

  

キャッチフレーズ力を磨け 

世の中、なんだか難しいそうな手法や内容が多い。大部分の人は凡人で怠惰。難しい用語が並んでいると、読まないし、理解をしようともしない。シンプルな言葉で、短く言い切る。キャッチフレーズは徹底的に磨くのがよいと思う。

  

 

ロボットに感情表現は必要ない 

ロボットに人間の感情を表現しようとしている。しかし、未来の人間の感情は、今よりかなり退化している。ほとんど無感情だろう。したがって、ロボットに感情を組み込む作業より別の事に力を注ぐべきだと思う。

  

 

赤ちゃんのようなメタボが本当はいい

赤ちゃんは、ぽっちゃりしているが、中年太りや隠れ肥満ではない。血色もよい。決して不細工には見えない。大人になり、脂肪がとれてくると、シャープになるが、一方で赤ちゃんのようなかわいさが無くなる。健康的な赤ちゃんのような大人を目指すとよい。 たまに、まれに、そんな大人がいる。

 

 

正論はあまり意味がない

どんなに理屈や正論を並べても、楽しくやっている人の前では無意味だ。結局楽しんだモノ勝ち。

 

 

哲学的、戦略的に考え、泥臭く行動する 

哲学的、戦略的に深く、深く、じっくりと考え、いざ出陣の時は、一旦すべてを忘れて泥臭く行動する。

 

 

「夢」や「希望」という言葉が宗教的になってきた 

「夢」や「希望」という言葉は、比較的年収が低い業界で叫ばれているように感じる。労働者を繋ぎとめる言葉が、「夢」や「希望」なのかもしれない。「夢」や「希望」と叫んでいたのに、なんだったの?と思うような現象が多い。なんだかんだと言っても、結局、人間関係がよいところ、上司が素敵なところ、給与、待遇がよいところへ流れていく。

 

  

格差社会のパラドックス 

格差が広がっている。生活難が増えている。モノを共有する需要が増えている。

いわゆる、シェア社会。昔は、大量消費社会。共有したいからそうしているのではなく、そうせざるを得なくなったエコ社会。受身的にエコ社会が実現していくパラドックス。

 

 

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