昔から世界中で争いが絶えない。
一番の原因は、個人の強すぎる「欲」と「こだわり」だ。
それらを無くせというのは、ほぼ不可能だろう。
「欲を無くすという欲があるくらい」と中村天風先生は言った。
無償で尽くす
平和の実現のため、無償で頑張る人がいる。世のため、人のために尽力する人がいる。
尊い。
マザーテレサにならなくても、一人一人にできることがある。
それは、たった一人でもよいので、「無償で尽くす」ということだ。
親でも、子供でも、友達でも、見知らぬ人でもよい。
たった1人でよい。
無償の連鎖は、繋がっていく。
途切れない無償の連鎖というやさしさ
たとえば、ある一人が、誰かのために無償で尽くすとする。
無償で尽くされた人も、また別の誰かのために、無償で尽くす。
そうやって連鎖を続けると、いずれ、全人口と繋がる。
ここで、一人だけに無償で尽くし、他の人には冷たく接するとする。
しかし、無償の連鎖は繋がっている。
他の人に冷たく当たる行為は、結局、この無償の連鎖のどこかの鎖を傷つけることになる。
つまりそれは、無償の連鎖全体を否定する行為と同じだと気づく。
人に尽くす時に押さえておくべきポイント
- 自分の価値観で尽くさない。
- 強いこだわりを持って尽くさない。
- 善意を押し付けない。
- 何かの見返りを期待しない。
- 偽善での行為は、もっての他。
シンプルに、「無条件」で、「無垢」な、「献身」が大事だ。
俗にいう「愛」という。
マザーテレサも共感したケントキースの『逆説の10箇条』を紹介したい。
逆説の10箇条はこちらを参照してほしい↓
逆説の10箇条の誤読
逆説の10箇条は、誤読している人も多いと推測している。
それは、「自分が正しくて、人は間違っている」という対称軸で逆説の10箇条を捉えてしまうことだ。
それでは、相変わらず、争いは無くならないだろう。
ケントキースは、peopleという単語の中に、「自身への諌め」を含めているとミルキヅクは勝手に推測している。
ミルキヅクが大事だと思うフレーズは 第1条だ。
People are illogical, unreasonable, and self-centered. Love them anyway.
第1条のミルキヅクの解釈↓
我々は、言っていることとやっていることが違っていて、意味不明な考えで、自己中だ。
でも、全部ひっくるめて愛で包み込もうではないか。
逆説の10箇条は、こちらが正義で、相手が悪という軸で見ると失敗する。
自分を正義とみている時点で、強すぎるこだわりがあるのだ。
正義は相対的な価値観に過ぎない。
とはいうものの、人間の泥臭い感情を認めたうえで、たった一人だけでもよいので無条件で尽くすことができれば、「無償の連鎖」は繋がっていくと信じている。
無償の連鎖は自分の心を平和にし、結果、世界平和に導くきっかけとなるだろう。
ミルキヅク