「お金」は世の中の半分を解決すると経営の先生に教わった。
たしかに、生活事や解決事は「お金」が基準になっている。
資本主義における手段だから。
お金儲けと倫理観
一方、倫理観が備わっていないと、人間社会が崩壊に向かう。
環境破壊は、いわば、倫理観無き「お金儲け」が原因だ。
「お金儲け」の本質を理解するには、世の中をシンプルに捉えることだ。
たとえば、世の中に二人しかいないと仮定する。
AさんとBさん
Aさんがお金持ちになるには、Bに購買力がなければいけない。
Aさんはどれだけスキルがあっても、お金持ちになれない。
この当たり前すぎるシンプルな事実を理解している人は少ない。
すでに、多くの人が「お金病」になっている。
「お金持ち」とは、本人のスキルやビジネスセンスではなく、購買者の購買力によるということだ。多くの人が「お金」に対して誤解しているのがそのことだ。
環境破壊に繋がっている考え方
世の中がAとBしかいない場合、どう考えたら環境破壊に繋がるのか?
AがBに売るために、たくさん資源をむさぼることだ。
しかし、Aが資源を独占しても、Bに売れなければ、ただ環境が破壊されただけになる。
Bに、そもそも購買力がないとしたら、取った資源は無駄になり、ただ自然が破壊されただけになる。
ここで大事なのは、AはBのために尽くし、BもAのために尽くすという視点だ。
売る事だけを考えると環境は破壊される。
調和が大事だ。
購買力と、付加価値創出力が合致している必要がある。
能力に差があるのは当然だ。
それを認めた上で、自分の力を最大限、世のため人のために尽くす。
これが自然法則に従った原理原則の考え方だ。
AとBはまさしく家族の関係。
Aが親で、Bが子供ならば、親は子供の能力を引き延ばす教育をするのが当然だ。
言い換えれば、AがBの購買力を増やしたということだ。
「購買力」とは、世のために人のために役に立つスキルや付加価値創出力のことだ。
多くの親が家族を大事にする。子供には良いモノを着させたいし、食べさせたい。自らを犠牲にしても子供に尽くすのが本能でもある。家族から「利益」はむさぼり取らない。
これが本質だ。
金儲け情報に侵された世の中
世の中は「金儲け情報」で溢れている。
うさんくさい広告が蔓延している。
情報は自社に優位に脚色され、無知な顧客が騙されている。
貨幣社会であり、人類の多くがサラリー労働者である以上、企業が売って分配を受けることは大事だ。
しかし、「売れ」ばよいという話しではない。
原点には、家族主義に基づいた高い倫理観が必要だ。
人類皆兄弟というのは言いえて妙だ。
経営者や国のリーダーには特に高い倫理観が求められる。
人類皆兄弟ならば、家族が破滅に進む判断はしない。
税前利益がどうだとか、経常利益がどうだとか、そういった数字への固執は、ある意味環境問題の元凶だ。利益(GDP)は0円で世界が回っていることが理想だ。
利益率などは、世に回るお金の偏りでしかない。頑張って付加価値を出したところにお金は集まっていくのが必然だ。しかし、その話と「僕らはみんな生きている」という厳粛な事実とは別の話しだ。
世界中が1つの会社に買収される意味は?
ある会社が全世界の会社を買収して、世の中が1つの会社になった仮定する。
その会社には倒産という概念は無くなる。
ある意味、企業として利益追求しなくてよくなる。
利益追求の必要がなくても働く必要がある。
人は、「お腹がすく」からだ。
全世界が、1つの会社に買収されれば「金儲け」の妄想から目覚め、結局、「役割分担」と「世のため人のために全力を出し切る」という態度が本質だと気づくだろう。
ここにおいて、「国」や「会社」に養ってもらえば良いという概念も通用しない。
なぜなら、それらは人が集まってできた箱にすぎないからだ。
箱は、人に対して何もできない。
唯一、「AがBのために、BがAのために」という行為に本質が詰まっている。
無償の連鎖を繋げよう
無償の連鎖とは、AがBに無償で尽くすことであり、BがAに無償で尽くすことだ。
この連鎖を全人口分繋げる。
たった1人で良い。今日から無償で尽くす生活を始めてほしい。
この小さな積み重ねが、世の中を変える。
無償の連鎖
「お金はお金を生まない」
ミルキヅク