大いなる幻想

本コンテンツ

人間が囚われている8つの幻想について考えた。

読んで心が少しでも楽になれば幸いである。

 

 

僕らは宇宙に住む宇宙人。

 

いずれ「人間」を卒業する。

 

人間は大いなる幻想に捉われている。

 

その幻想とは8つある。

8つの幻想
  1. 人は必ず死ぬ
  2. 時間が存在する
  3. 5感で知覚するものが真実
  4. 個体がある
  5. 感情が大事
  6. 言葉で意思疎通できる
  7. 物事には意味がある
  8. 善悪がある

 

死という錯覚

人はいつか必ず死ぬと思っている。

 

そして、今、生きていると錯覚している。

 

人の死を目の前で体感しているので錯覚するのも仕方ない。

 

死生観という言葉も死が前提の思い込み。

 

 

人は想像できないことは信じない。

 

地球が丸いことも、電気の存在も、飛行機の出現も、信じなかった。

 

そして、今は「人は死なない」ことを信じていない。

 

 

 

明王エジソンは死者と会話できるツールを開発しようとした。

実現しなかったが、人間がイメージするものはいずれ実現する。

 

量子力学的な知見は死の正体を垣間見せようとしている。

 

 

 

将来、人は「死」が大いなる幻想であったことに気づく日がくるだろう。

 

それまで、人間はいくつもの死という幻想を体験する。

 

ある時から人は意識を別の次元に保持しながら、特殊なボディーを使って宇宙空間に存在するようになるだろう。

 

 

食事不要

まず人間は、衣食住から脱却していくはずだ。

 

我々は、食べないと死ぬ。

 

しかし、宇宙人は食なくても、服を着なくても、家に住まなくても生存しているはずだ。

 

体のエネルギー源は食事以外のエネルギー媒体を活用しているだろう。

 

 

 

ボディーそのものが家であり服でもある。ボディーが壊れても一瞬で別のボディーへ乗り換えすることができているだろう。

 

そのボディーに「血」は循環してないはずだ。

宇宙という無酸素空間に血は邪魔だ。

 

 

 

無病

血がないなら呼吸も必要ない。

病気にもならない。筋肉痛も無いだろう。

だから、マッサージも不要。

 

 

労働不要

食べる必要がないからお金を稼ぐ必要もない。

つまり、労働する必要がない。

 

満員電車などなく、過労死や、セクハラも、パワハラ等の労働問題なども無縁だ。

 

 

お金不要

生きる上でお金が必要だと思い込んでいる。

それは資本主義の刷り込み。

 

将来、労働はなくなる。

 

 

結婚不要

宇宙人は死なない。

だから子孫を残す必要がない。

家族や結婚という概念も不要。

性別も無い。ジェンダー問題は発生しない。

 

人口問題とも無縁だ。

 

 

 

時間という錯覚

人間が死を意識する要因は時間。

時間が存在すると錯覚している。

 

しかし、時間は人工物。

 

宇宙人は腕時計をしないし、待ち合わせなどしない。

 

宇宙における時間軸などない。

 

「12時に地球で待ち合わせ」ということはしない。

 

時間が24時間というのは間だけの話し。

 

「時間」という概念は、物事には始まりと終わりという概念を発生させてしまう。

 

「今を生きろ」というメッセージも、命に終わりがあると思い込んだ人間の誤解である。

 

 

 

感覚という錯覚

人間が時間を感じるのはその感覚器官ゆえ。

 

太陽を浴びればぬくもりを感じる。

 

しかし、その感覚は不完全かつ相対的。

 

「不完全」でいえば、そこにないものをあると錯覚したり、聞こえないものが聞こえたりと脳は現実世界とつじつまを合わせようと誤作動する。

 

「相対的」でいえば、同じ温度でも、熱く感じる人もいれば、涼しいと感じる人もいる。

 

おいしさも人によって違う。

音楽にも好き嫌いがある。

 

同じ情報数でも人の感覚器官の違いによって差異を感じる。

 

 

一方、宇宙人は同じレベルで情報の揺らぎ(振動数)を把握しているに違いない。

 

40度であれば、どのボディーも40度として捉える。

その温度に対して寒いとか暑いという感覚はないだろう。

 

味覚も、触覚も、聴覚もすべて生存のために必要な器官。

しかし、宇宙人は死を超越したため、感覚は退化したに違いない。

 

 

 

自分という錯覚

感覚があると信じている人間は、その感覚を感じている「個体」を自分と意識する。

 

自分を認識すると死を恐れる。

 

そして、死を恐れると生き急ぎ、判断ミスをする。

環境破壊は最たるものだ。

 

 

死を恐れる人間は、「永遠の命」も恐れるはずだ。

 

いずれ医療の進化によって、人間は永遠の命を獲得する。

しかし、多くの人は永遠の命に戸惑い苦しむだろう。

 

おそらく宇宙人に「個」や自我意識はない。

だから「個」が永続するという概念がない。

だから永遠の命も恐れない。

 

 

人種差別

自分という意識は差別意識を生む。

 

人種差別など最たるものだ。

 

また「権利」という衝突の原因も作り出す。

 

生命が大事だと言いながら、権利を建前に互いの生命を奪い取っている。

 

 

一方、宇宙人には権利の概念がない。

所有権も人権も必要ない。

権利がないから訴訟問題も起きない。

 

そもそも、権利に基づき人が何かを所有するという概念自体、幻想にすぎない。

 

宇宙摂理に個は存在しない。

 

ずばり言えば、命という概念すら人工物だ。

 

命に意味づけをしたのは人間であり、「意味づけ」は人工物である。

 

 

 

感情という錯覚

人間の感覚は不完全。

 

そして不完全な感覚で感じる「自分」を己だと錯覚している。

 

そして、その自分が感じている「感情」を生きている証だと思っている。

 

情熱、愛、喜怒哀楽。

あらゆる感情に生命を感じ、それが生命だと思っている。

 

 

喜怒哀楽

しかし、死を超越した宇宙人に怒り、恐れ、喜び、楽しみはない。

 

そもそも、感情とは生命を守る機能の一つにすぎない。

 

たとえば「恐怖心」は命を守る要素。

 

喜怒哀楽や幸福感といった感情も幻想。

 

宇宙人は幸福を感じない。喜怒哀楽もない。

 

たとえば、怒り。

 

宇宙人は、怒らないだろう。

 

なぜなら、「個」を超越した宇宙人には、こだわりがないからだ。

宇宙人にとっては「あなた」=「わたし」。

 

怒りは、次の理由から発生する場合が多い。

怒りの原因
  1. 自分のコンプレックスが指摘された時、
  2. 自分の期待が裏切られた時、
  3. 自分の正義が侵された時

 

すべて「自分」の何かが侵されたときに怒りが発生する。

 

 

 

戦争なし

宇宙人は個々の主義主張がないから戦争が起きない。

 

自分のこだわりを守る必要もない。

 

一方、人間は己の価値観やこだわりを大切にするがゆえに対立が絶えない。

 

「俺が正しくて、あいつが間違っている」と。

 

特に宗教対立など典型的だ。

 

 

人間は愛を信じている。

しかし、宇宙人に愛はない。

 

愛は叫ぶものでなくて、あらゆる存在そのものがすでに愛。

 

愛と言っている時点で、すでに愛ではない。

偽善臭い。

宇宙人にとって愛は当たり前のようにそこにあるもの。

 

見知らぬ人の自分に対する愛がうれしく感じるのは、人間が自他を区別してしまっていることからきている。

 

宇宙人は愛し合う必要すらない。

愛し合わなくても、愛は存在と一体化していることを知っている。

 

 

喜び

喜びという感情も疑わしい。

宇宙人は笑わない。

 

なぜ人は笑うか?

 

それは相手を信頼させるコミュニケーション手段だから。

 

笑顔は両者の警戒を解く。

 

しかし、死を超越した宇宙人には恐怖心を抱く「相手」は存在しない。

 

そもそも、相手という対立軸がないので勝ち負けという概念もない。

 

勝って笑うことも負けて悔しむこともない。

 

 

悲しみ

宇宙人には悲しみはない。

 

第一、死が無いのだ。

 

血が無いから病もない。

 

感情も退化するから涙もない。

 

子孫を残すための家族も必要ない。

 

パートナーができない悲しみや子供が生まれない悲しみなどもない。

 

ボディーは劣化しても老化はしない。新品に乗り換えればよいだけになる。

 

食べるために金を稼ぐ必要もない。お金が不要だから詐欺や強盗もない。

 

涙が出るような悲しいと感じる事件は起きない。

 

働き過ぎて鬱になることもない。

 

 

楽しさ

宇宙人に「楽しさ」という感情も無い。

 

なぜなら宇宙人にとって時間は存在していないから。

 

楽しさはつまらなさの逆。

 

つまらなく感じるのは時間の中で生きているから。

 

時間は人工物。

 

宇宙人は誰かを喜ばせるアミューズメントをしないし、エンターテインメントも見に行かないだろう。

 

自分も相手も楽しませる必要がないからだ。

 

宇宙人にストレスはない。

 

 

 

言葉という錯覚

人間は感情が生命感だと思い込んでいる。

その感情を表現するのが「言葉」。

 

我々はその言葉の力をも信じてしまっている。

 

言葉は感情を表わす不完全なツール

 

仮に感情を完璧に言葉で表現できたとしても、相手に100%同じ意味では伝わらない。

 

言葉を使った意思疎通は必ず誤解が生まれる。

 

誤解は争いに発展する。

 

本音で話してもそうなる。

いや、本音で話すほど争いになる。

 

感情が退化した宇宙人は「言葉」という脆弱なツールを使っていない。

 

第一、言葉は人によって意味が違う。

 

同じリンゴでも、各個人の体験とその体験で生じた知覚と感情が同じでなければ、共通したリンゴの概念を描けない。

 

それぞれが別の概念を抱きながら、なぜわかり合えるというのか。

 

なのに、人は言葉の力を信じている。

 

言葉は不完全だから話しがかみ合わないのが普通。

 

言葉の力を信じている限り争いは終わらない。

 

それでも言葉の力を信じたいのなら、感情を一方的に発信する前に、相手の感情を100%理解する「傾聴力」を養ったほうがマシだ。

 

宇宙人は言葉を使わない方法で通信し合っているに違いない。

 

 

意味という錯覚

我々は「言葉」という永遠に進化しない不完全なツールを使って意味づけする。

 

だから「意味」そのものも不完全。

 

そのことに気づいていない。

 

意味にとらわれ、「命」に対しても重い意味づけをしてしまった。

 

多くが人生を重く捉えすぎ、その意味を考えすぎている。

 

 

そして、人生に意味を見出せない時、

 

「私の人生ってなんだったのだろう」

 

とむなしさにさいなまれている。

 

 

「意味」とは、人間が作り出した人工物にすぎない。

 

意味など宇宙摂理に存在しない。

 

意味とは、各個人の価値観の記録にすぎない。

 

そんな誰かが作った「意味づけ」という誤用で、「慣習」や「文化」が作られ、人の自由を拘束していく。

 

それでも人は意味を付けたがる。

まるで味気のない料理に塩をかけるように。

 

「意味づけ」をやめよう。楽になるから。

 

 

宇宙人は意味づけなどしない。

己の人生の意味など探さない。

そもそも自分という「個」がない。

 

存在していることそのものが「意味そのもの」であることを知っている。

 

そもそもなぜ人は意味をつけたがるか?

 

それは命に終わりがあると思い込んでいるから。

 

短い人生で「自分」の存在価値を残したいから。

 

存在自体が、すでに十分な価値なのに。

 

 

 

善悪という錯覚

「意味づけ」は最終的に善悪という色眼鏡を作る。

 

善悪の定義には軸がいる。

 

自分軸から見て評価を下す。

 

宇宙人に正義や悪という概念はない。

裁判所もなければ、正義の味方もいない。

 

宇宙人に「正義って何ですか?」と聞けば、逆に聞き返されるだろう。

 

「正義」とは何だ?と。

 

宇宙人は誰かのドグマに縛られない。

ドグマとは誰かの主義主張。

 

それは一人の人間の恐怖心が生み出した己の利益を確保しようする詭弁にすぎない。

 

人間社会はあらゆる考え方であふれている。

 

それぞれに優劣をつけ自分と相容れないものは悪として戦っている。

 

生命が一番大切だと意味づけしながら、自らが作り出したドグマによって自らの命をお粗末にしているのだ。全く滑稽であり、悲惨だ。

 

宇宙人には善悪がない。だから罪悪感すら感じない。

 

人間もいずれ宇宙人のように楽に自由に生きていくはずだ。

 

なぜなら、人間は宇宙に住む人なのだから。

 

 

 

幻想から目覚める方法

上記の8つの幻想から目覚める方法を提案したい。

 

それは、「生という幻想を骨の髄まで体感し、その限界を知ることによって」である。

 

幻想から目覚めるためには「思考」を正常化しなければいけない。

 

思考を正常化するために柔軟性を持たねばならない。

 

柔軟性を持つには想像力を働かせる必要がある。

 

想像力を働かせるには感覚を鋭くする必要がある。

 

そして感覚を鋭くするために「体験」が必要だ。

 

人生を、いっぱい、体験しよう。

 

 

おまけ 宇宙人になっていく事業▶

体験提供事業

我々は5感で情報を知覚している。

 

その5感を刺激して想像力を豊かにする取り組み。

 

音楽や絵をはじめとするモノづくり体験。

 

気づく力を養う体験。

考える力(読み、書き、そろばん)を深める体験。

旅行、料理、外国語習得、遊びなども五感を刺激する良い体験。

 

ビジネス自体も想像力を要求される体験。

 

また、見えないものを見ようとする体験、声にならない声を聴くといった5感以外で感じとる体験も感覚を鋭くしイメージ力を強くする。

 

 

マンガ・ゲーム事業

その磨いた感性とイメージ力を使って次に繋がる事業は「ゲーム」と「マンガ」事業。

 

娯楽という意味ではない。

 

マンガを提供する一番の理由は空想のビジュアル化の訓練のため。

 

人は思い描いたことがすべて実現できる。

 

頭の中は自由。

 

既成概念や常識を外せる自由空間だ。

 

マンガは想像力と創作力と脚本力を高める。

 

ゲーム事業はビジュアル化された画像のモーション化の訓練のため。

 

マンガが「静」かならば、ゲームは「動」。

 

 

一方、ゲーム事業は3D関連の技術を深められる。

 

マンガで想像したキャラを立体的に表現し動かすために様々な技術が使われている。

 

さらにゲーム事業はプログラミング力を鍛える。

 

プログラミング力はそのまま高性能の人工知能につながる。人工知能は兵器でもある。

 

Esportsはゲーム大会に見えて、実は、戦争だ。

軍人、戦車、艦隊、戦闘機、ロケット兵器が無人化になるほどその意味がわかるはずだ。

 

すぐに、戦闘ゲームはバーチャルでなくリアルだと気付くだろう。

その時、世界一のプロゲーマーに勝てるのは人工知能だ。

 

世界一のプロゲーマーは暗闇で相手をとらえれないが人工知能は人間よりも優れた視覚機能を使って簡単に相手の場所を特定する。

 

相手の次の行動まで高い確率で予測し当てる。また反応速度も人間よりはるかに速い。人間は反応に早くても0.2秒かかる。人工知能は一瞬だ。

 

人工知能の精度が軍事力そのものになる。

 

人工知能核兵器の威力を上回るに違いない。

 

核抑止力は人工知能抑止力にとって代わるだろう。

抑止力をもつ人工知能は、「ひきこもり」や「ニート」や「おたく」が開発するに違いない。人工知能は軍事力そのものだ。

 

いずれ、オタクの自宅がそのまま国を守るコックピットとなるだろう。

すなわちゲーム事業は国の軍事力を高めることにも繋がる。

 

 

 

3Dプリンター事業

マンガ・ゲーム事業の次は3Dプリンター事業だ。

 

マンガ・ゲームで想像したものを実際に具現化するものが3Dプリンター。

 

おそらく宇宙人は超高性能3Dプリンター装置を使って手を使わず製造しているに違いない。

 

3Dプリンターのメリットは場所に関係なく製造でき、技術をアップデートさせ続けられる。また素材開発によってバリエーションも増え、工作機械では製造できない造形物もできる。

 

3Dプリンターですべてを作る時代になっていくだろう。

人間が宇宙へ生活拠点を移す際にも必要な技術である。

 

 

素材事業

3Dプリンター事業の次は素材事業だ。

 

「攻撃こそ最大の防御」といわれるが、防御こそ最強だと考えている。

 

例えば世界一の核兵器すらも効かない最強の防具をまとった人間がいたら戦う気が失せるだろう。

 

この無敵人間は戦争開始の責任者に最後まで付きまとい殺しにかかる。

 

まるでマシンガンを何発ぶち込まれても立ち上がって襲ってくるゾンビのように。

 

最強の防御は相手の攻撃力を無効化する。

 

日本は戦争に負け核兵器が持てない。

持つ必要もない。

 

逆に英知を絞って世界最強の防具を開発したら世界の平和が保たれるだろう。

 

ところで、最強の防御は素材革命で作らせる新素材ではない。

 

無防備である。

 

赤ちゃんは世界一無防備だが世界一守られている。

赤ちゃんは相手に恐怖を与えない。だから無敵だ。

 

また死も恐れない。死を知覚しない人間は最強だ。

 

環境破壊も、隕石の衝突も、核戦争も、不治の病も、どんな人間の脅しや攻撃も恐れない。

 

無防備や無知や無我が強いのは、それ自体が破壊や消滅していく対象物ではないからだ。つまり不滅だ。

 

 

 

エネルギー事業

最後がエネルギー事業だ。

 

人は核や火力や水力等を利用して熱を作り出しタービンを回して電気を獲得している。

 

一方、おそらく宇宙人はブラックホール近くでエネルギーを得て、遠隔で送っているはず。

 

量子テレポーテーションは普通に利用されているだろう。

 

2020年は、核融合施設が導入されようとしているが、それを超えて思考からエネルギーを取り出す技術を開発したい。

 

脳は最もエネルギーを効率的に消費する器官だとされている。

 

音も光も熱も電気も小さなエネルギーを大きくする装置がある。

「思考」も拡脳器のようなものを使って思考から得られたエネルギーを増幅し無限のエネルギーを作り出せるに違いない。

 

実は、それがビッグバンなのかもしれない。

Copyright (C) ミルキヅク All Rights Reserved.