フィクションです。
「世界は、何から始まったのでしょうか?」
物質でしょうか。時間でしょうか。
それとも、まったく別のものでしょうか。
この記事では、数学・物理・認識の話を一本の糸でつなぎ、世界の根源は、物質でも時間でもなく、関係性にあるという仮説を、順番に確かめていきます。
この記事は、確立した物理学の結論を述べるものではなく、「そう考えると見通しがよくなるのではないか」という思考の仮説です。
特に時間や空間の創発に関する部分は、あくまで可能性として読んでください。
第一原理:差とは何か
差とは、異なるものを区別すると同時に、それらを一つの構造として成立させる根源的な関係性である。
ふつう「差」といえば、すでにある二つのものを比べた結果だと考えます。
でも、ここでの「差」は逆です。
差は、世界が生まれる前に存在した「原因」ではありません。
差は、世界が世界として成立することと不可分なのです。
そして、この記事の主役である「1」は、差そのものではありません。
「1」とは、差と差の間に成立する不変の関係を象徴するものです。
たとえば「左」と「右」を考えてみてください。
「左」だけが先にあって、後から「右」ができるわけではありません。
二つは、一つの「向き」という構造の中で、同時に成立しています。
① 反比例:変化の中に存在する不変性
まずは、中学数学でおなじみの反比例です。
xとyは、互いに変化します。
xが大きくなればyは小さくなり、xが小さくなればyは大きくなります。
けれども、その積は、いつでも1のままです。
また、この曲線は座標軸に限りなく近づいていきますが、有限の位置では決して交わりません。
シーソーの片側が下がれば、もう片側は上がります。
二人は別々に動いているようで、実は一つの「バランス」という関係に縛られています。
xとyは、それぞれが独立した存在ではありません。
互いの関係によって規定され、不変の構造を保っています。
② 微分積分:差から関係と全体が現れる
次は、微分と積分です。
まず、微分から見てみましょう。
dyもdxも、どちらもゼロに向かう「限りなく小さな差」です。
ところが、その二つの差の比は、有限の値として残ることがあります。
差そのものは消えていくのに、差と差の関係だけが生き残るのです。
続いて、積分です。
微小な区間の寄与を、ひとつずつ積み重ねていきます。
すると、全体の量が定まります。
微分は、差と差の関係を取り出す。
積分は、局所的な関係から全体を構成する。
モザイク画を想像してみてください。
一つひとつのタイルは、ただの小さな色の差にすぎません。
けれども、その関係を積み重ねると、一枚の絵が現れます。
③ オイラーの公式:変化と不変性の共存
θが変わるにつれて、実部(cos)と虚部(sin)は、揺れ動き続けます。
それでも、二つの関係によって定まる大きさは、いつでも1のままです。
時計の針の先は、縦にも横にも動き続けます。
それでも、針の長さだけは変わりません。
異なる成分が一つの構造を形づくり、変化の中でも不変性が保たれています。
④ 磁石のN極とS極:区別と統一の同時成立
磁石を真ん中で切ったら、N極だけ、S極だけの磁石になる。
……と思いきや、そうはなりません。
切断しても、それぞれの断片に、やはりN極とS極が現れます。
つまり、NとSは「独立した二つの実体」ではありません。
一つの磁気的構造の中で成立している「区別」なのです。
NとSが先に存在して、磁石をつくるのではありません。
一つの関係構造の中で、NとSが同時に成立しているのです。
「区別」と「統一」は、実は同じコインの裏表です。
⑤ 量子力学:消えない関係が物理的制約を生む
量子力学では、位置と運動量が、次の関係で結ばれています。
これは、二つの演算の順序を入れ替えると、消えない差が現れるという意味です。
この非可換性が、不確定性関係の数学的な根拠になります。
位置と運動量は、それぞれを独立に決められるものではありません。
物理量同士の関係が、同時確定の可能性そのものを制約しているのです。
「シャツを着てから上着」と「上着を着てからシャツ」では、結果が変わります。
順序を入れ替えると結果が変わる、という関係が、物理量の世界では根本的な制約になっています。
⑥ 空間:位置は関係によって定義される
座標の原点は、好きなところに置けます。
けれども、原点を動かしても、二点間の距離は変わりません。
大切なのは、絶対的な起点ではありません。
起点の選び方によらず維持される「関係」のほうです。
地図の「現在地」は、どこにでも置けます。
でも、東京と大阪の距離は、現在地をどこに置いても同じです。
さらに、空間そのものが、より根源的な関係構造から創発する可能性も考えられます。
⑦ 時間:関係性から生まれる可能性のある概念
時間を根源的なものと仮定しなくても、状態と状態の間の関係を記述することはできます。
また、エントロピーの増大は、時間の方向性と深く関わっています。
そこで、こんな問いが立ちます。
時間は、世界の成立に先立つ絶対的な前提ではなく、状態間の関係や非対称性から現れる性質なのではないか。
ただし、時間そのものが創発するという考えは、現時点では確立した物理学的な結論ではありません。
ここでは、あくまで一つの見方として提示しています。
⑧ 認識主体:「私」も関係性から創発する
私たちの身体や脳は、無数の粒子や細胞、そして外部環境との相互作用によって成り立っています。
自己と外部の区別もまた、関係性の中で成立しています。
ここでいう根源的な「認識」とは、人間の高度な意識だけを指すのではありません。
状態の区別が成立することを意味しています。
「私」は、関係性の外側にいる観察者ではない。
関係性という構造から創発し、その構造を経験する存在である。
映画館の観客席から映画を眺めているのではありません。
「私」は、スクリーンの中の物語の、一部として存在しているのです。
⑨ 創発:関係性から新しい性質が現れる
単独の要素だけでは現れない性質が、要素間の関係によって成立することがあります。
物理的な相互作用、生命、意識などは、異なる階層の関係構造として考えることができます。
「ド」「ミ」「ソ」という音は、単独では、ただの音です。
けれども、音と音の関係が重なると、「和音」という新しい響きが生まれます。
創発とは、関係性の組み合わせによって、新しい構造や性質が成立することです。
結論:世界は無から生まれたのか
「無から有が生まれた」という問いがあります。
この問いは、無が先にあり、有が後から生まれたという、時間的な前後関係を前提としています。
しかし、時間そのものが根源的でないとしたら。
その問いの立て方自体を、見直す必要があります。
世界の根源を考えるうえで大切なのは、「何が最初に存在したか」ではありません。
「何によって、存在や現象が成立するのか」という問いです。
そして、その成立条件として考えられるのが、差と関係性です。
世界は、差によって生まれたのではない。
差と関係性こそが、世界が世界として成立することと不可分な根源的構造なのである。
物質、空間、時間、生命、そして「私」という認識主体も、その関係構造の異なる現れとして理解できるのではないか。
これが、「差と関係性による世界の創発」という仮説です。
反比例の「積は1」から、量子力学の「消えない差」まで。
バラバラに見えた話が、「関係性」という一本の糸でつながりました。
あなたの目の前にある世界も、モノの集まりというより、関係の織物に見えてきませんか?
参考:カルロ・ロベッリの関係的量子力学との関連
本稿で述べた「世界の根源を独立した実体ではなく、差と関係性に求める」という考え方は、物理学者カルロ・ロベッリが提唱する「関係的量子力学(Relational Quantum Mechanics)」と重要な共通点を持つ。
ロベッリは、物理系の状態や物理量の値を、他の物理系との関係において捉える量子力学の解釈を提案している。また、観察者を特別な意識的存在とは考えず、物理的な相互作用を重視する。
さらに、ロベッリは、時間を根源的な前提としない物理理論の可能性についても研究している。
これらは、本稿の「差と関係性は世界の成立と不可分であり、時間や認識主体も関係構造の中で理解すべきではないか」という考察と通じるものである。
ただし、本稿で定義する「差」とは、単なる物理量の違いではなく、異なるものを区別すると同時に、それらを一つの構造として成立させる関係性そのものを意味する。
また、反比例、微分積分、オイラーの公式、磁石、量子力学、時間、認識主体を、この第一原理から統一的に理解しようとする試みは、ロベッリの関係的量子力学そのものではなく、本稿独自の哲学的考察である。
参考文献
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Rovelli, C. (1996). Relational Quantum Mechanics. International Journal of Theoretical Physics, 35, 1637–1678.
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Rovelli, C. (1991). Time in Quantum Gravity: An Hypothesis. Physical Review D, 43, 442–456.
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ロベッリ,カルロ『ヘルゴラント』
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ロベッリ,カルロ『時間は存在しない』