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リーダーシップを議論する前に大事なこと!理念なき統率に暴走の危険あり

世の中はリーダーシップ論であふている。リーダーシップを鍛える研修や本もたくさんある。学術論文も豊富にある。多くの学者がリーダーシップを科学的に捉えようとしている。リーダーシップの定義も人によってまちまちだ。はたして、リーダーシップとは何か?

 

会社であれば粗利益を増やす人や、統率力のある人、問題を解決する力のある人、集団をまとめる力がある人、など様々に定義できる。リーダーシップという言葉は、わかるようでわからない。簡単に言えば、「この人についていきたい」、とか、「この人のために尽力したい」と思ってしまう素質のことだろうか。

 

リーダーは、かならずしも口が達者であるとは限らない。スピーチが下手でも成果を出す人は多い。リーダーは、何を言ったかではなく、どう行動したかが重要なのかもしれない。

 

 

リーダーシップは学べない

優良企業には、リーダーシップを鍛えるセミナーや研修がある。しかし、リーダーシップは学ぶものでもない。リーダーシップは発揮するものでもない。リーダーシップは自慢するものでもないし、コンプレックスに思うものでもない。自分にリーダーシップがあると主張しても、まったく意味がない。

 

リーダーシップとは行動の結果学んでしまうものだ。そして、リーダーシップの有無は人が評価するものだ。

 

 

統率力は遺伝?

リーダーは方向性を指し示す人だとか、みんなをひっぱる力がある人として捉えられがちであるが、人を引っ張る力が無くても、方向性を指し示すことができなくても、リーダー的カリスマがある人はたくさんいる。リーダーシップは、力まずできているものだ。それは、遺伝的なモノでもあるし素質でもある。

 

たしかに、不思議と人が集まってくる特性を持っている人がいる。それは説明できない神秘的な力だ。先祖の徳なのか、前世の善行なのか、本人の魅力なのかはわからない。

 

 

リーダーシップは結果論

リーダーシップが素質であるなら、リーダーになった人、またはなる人は、自分に統率力やビジョン設定力がないと心配する必要はない。リーダーというポジションを任された人は、ただ理念に従って真摯な態度で頑張ればよい。リーダーシップがあったかどうかは結果論であって、人が評価する一つの基準に過ぎない。

 

 

 

理念とリーダーシップ

そういった意味で、リーダーシップの定義を議論しても実益がない。リーダーシップを定義したところ、その捉え方は千差万別で人の評価は相対的だ。何を持ってリーダーシップかは、人によって評価は変わる。

 

田中角栄にリーダーシップはあっただろうか?

現在の日本の首相にリーダーシップはあるか?

地元の政治家にリーダーシップはあるか?

あなたの会社の社長にリーダーシップはあるだろうか?

あなたの会社の上司にリーダーシップはあるだろうか?

 

 

リーダーシップを議論して結果が出たとしても、「だからどうした」ということだ。自分のカリスマ性の無さにコンプレックスをもったり、ちまたにあふれるリーダーシップ関連の情報に翻弄されることなく、ただあなたの理念に従って正々堂々と生きればよい。

 

しかし、少なくとも、その理念は、「世のため、人のため」に基づくべきである。それが、人をリードする上での最低限のマナーだと考える。

 

 

 

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